パオ PAO COMPOUND HOME > 求人情報 >  
     
 
商と遊行   REVIEW COMMENTS   東中野駅前整備について
 
 
       
 

アジェ01
image

アジェ02image

アジェ03
image

アジェ04
image

アジェ05
image

アジェ06
image

アジェ07
image

アジェ08
image

アジェ09
image

  私の想うパオのひそかなテーマに近いこと
  パオ代表取締役 安仲卓二
私の好きな本のひとつである故阿部謹也の『中世を旅する人びと』(1978)のなかに、次のような美しいくだりがある。
定住民は幼いときから親しい自然にかこまれて育つ。定住民にとっては樹木や小川は、樹木一般、小川一般として存在しているのではなく、自分が小鮒を釣った小川、自分がかつて兄や弟といっしょに枝にのぼり、果実をもいだ木として記憶にとどめられている。この木や小川は他のものをもって替えることのできない、かけがえのない至上のものなのである。いわばそこには執着がある。他国に移住した人間が老いたとき、故郷の自然への憧れの気持ちをおさえられなくなるのも、定住民にしかない自然とのかかわり方によるものである。だから定住民には自然そのものを普遍的に捉えるうえで、決定的な制約がある。ときたま旅に出て他国の森のなかをひとりで歩むとき、定住民は森の静寂に感動しながらも、そこに幼児の自分をみることはできないのである。その森と自分の一生とは、たった今そこにいるという点でかかわっているにすぎない。
 しかしジプシーにとっての自然は、それとは違っている。彼らはひとつの場所に数日しか滞在しない。(定住民の気持ちを斟酌したうえでの周到ないいまわしではあろうが、ジプシーの娘が)「さっさと立ち去ることによって、満たされない願望に対する切なさがのこるから、それだけその土地の思い出を大事にすることができる」というとき、その思い出はジプシーにとっては、具体的なそれぞれの樹木や小川と自分たちがかかわったそのかかわりの深さだけではなく、そのようにひとつひとつの場所や樹木、小川と何世紀にもわたってかかわりつづけてきたジプシーの旅のすべてを意味している。ジプシーの子どもたちは祖父から遠いロシアの平原を旅してきたときの話を聞くと、その話にでてくる樹木や小川、熊や狼はそのまま彼ら自身の体験として思い出になる。それはたしかに話でしかないかもしれないが、その話を聞いている子どもたちの森や小川での日々の体験も、あっという間に過ぎてしまう話と同じものなのである。基本的に同じ放浪の生活をつづけているかぎり、祖父の体験も数世代前の先祖の体験も彼ら自身の体験となりうる。だからジプシーにとっては、すべての森や小川も彼らの故郷なのである
この「祖父の体験も数世代前の先祖の体験も彼ら自身の体験となりうる」という遠近観に私は胸をふるわせた覚えがある。また同様な身震いをW.ベンヤミンの『写真小史』(1931)でも経験した。アジェの写真を発見した彼はいう。
アジェは行方知らずになったもの、漂流物のようなものを探したのであった。したがってこうした写真も、都市名のエキゾティックな、華やかな、ロマンティックな響きに抵抗している。沈んでゆく船から水を掻い出すように、こうした写真は現実からアウラを掻い出すのである。―そもそもアウラとは何か。空間と時間が織りなす不思議な織物である。すなわち、どれほど近くにであれ、ある遠さが一回的に現れているものである。夏の真昼、静かに憩いながら、地平に連なる山なみを、あるいは眺めている者の上に影を投げかけている木の枝を、瞬間あるいは時間がそれらの現れ方にかかわってくるまで、目で追うこと―これがこの山のアウラを、この木の枝のアウラを呼吸することである。さて、事物を自分たちに、いやむしろ大衆に<より近づけること>は、現代人の熱烈な傾向であるが、それと並んで、あらゆる状況に含まれる一回的なものを、その状況を複製することを通じて克服するのも、同じく彼らの熱烈な傾向である。対象をごく近くに像(Bild絵画や直接イメージ)で、いやむしろ模像(Abbild写真)で所有したいという欲求は、日ごとにあらがいたく妥当性をもってきつつある。そして写真入りの新聞や週間ニュース映画が提供するたぐいの模像が、像と異なることは見まがいようがない。像においては一回性と持続性が密接に結びついているとすれば、模像においては一時性と反復可能性が同じく密接に結びついている。対象をその被いから取り出すこと、アウラを崩壊させることは、ある種の知覚の特徴である。この知覚は、この世に存在する同種性に対する感覚をきわめて発達させているので、複製という手段によって、一回的なものからも同種性を見てとれるのである。アジェは「街の堂々たる景観や、いわゆるシンボル的建築物を」ほとんどいつも素通りした。彼が注目したのはブーツの靴形の長い列(*01)、晩から朝まで手押し車が整然と並べられているパリの中庭(*02)、同じ時間に何十万単位で存在しているような、食後の食卓(*03)や片づけられていない洗面用具(*04)、・・・通り五番地の売春宿―その五という数字は、建物の前面壁の四つの場所に、でかでかと書いてある(*05)―であった。
 しかし奇妙なことに、これらの写真のほとんどすべてには人影がない。パリを囲む城壁跡にあるアルクイユ門(*06)にも、豪華な階段(*07)にも、中庭にも、カフェのテラス(*08)にも、当然のことながらテルトル広場(*09)にも人影がない。気分というものが欠如しているのである。
久保哲司氏訳
このふたつの引用で、私の「魂の揺れ」を語るに事足りる。私はモダンな文学や芸術といわれる分野で生きてゆこうとは思わなかった。商人になろうとしていた訳でもない。この社会で縛られたくないと生きているうちに、吹き溜まるように自営の零細業を営むものとなった。その心はいつも落ちつかなかった。阿部氏はジプシーについていう。
ジプシーは平気で物を盗むといわれる。一片の土地を生存の支えとしている農民にとっては鶏一羽盗まれても大きな打撃であり、ジプシーへの恨みはつのる。現在でもジプシーは盗みを非難されると、「お前さんたちは鉛筆で盗むが、俺たちは腕で盗むだけだ」というといわれている。彼らは盗むといわず、「発見する」という。野の花は地主のものではない。神様が与えたものだ、と彼らは考えているのである
鉛筆で盗むか、腕で盗むか、それは商いにとっても宿命的な問題である。少なくとも「鉛筆だけが平和的手段だ」とは断言する気にはなれない。さらに阿部氏はいう。
ジプシーの生活は二重生活である。定住民が彼らを理解することは絶対にといってよいほどない。その定住民に対して演技しつづける生活と、星空のもと、仲間の集いで歌を唱い、食事を楽しむ心の安らぐ生活。このいずれも彼らにとって不可欠な生活の実体をなしている
このいずれも、という「生活」あるいは「場所」は、現代を生きる私たちにも接点があるような気がする。…そして私は、次のように語る阿部氏の意見を了解したい気持ちになるのだが、どこかすこしのもどかしさも感じてしまう。
ひとたびすべての人を他者とみたとき、あたかも世界中の樹木や小川が故郷となるように、個々の人間や村への執着から自由になって、人間そのものがジプシーにとって親しいものにみえてくる
前に出たW.ベンヤミンは、『写真小史』とは別の有名な草稿で下記のようにいっている。もし親しみというなら、私はこういうくだり、こういう時空にとても親しみがわく。
過去という本にはひそかな索引が付されていて、その索引は過去の解放を指示している。じじつ、かつてのひとたちの周囲にあった空気の、ひとすじのいぶきは、ぼくら自身に触れてきてはいないか? ぼくらが耳を傾けるさまざまな声のなかには、いまや沈黙した声のこだまが混じってはいないか? ぼくらが希求する女たちには、かの女たちがもはや知ることのなかった姉たちが、いるのではないか? もしそうだとすれば、かつての諸世代とぼくらの世代とのあいだには、ひそかな約束があり、ぼくらは彼らの期待をになって、この地上に出てきたのだ。野村修氏訳

パオは金あまる模像の未来を望まない。回想の未来を希求して、その扉をこの腕で叩きたい。パオのような小商人も含めて、商人と金(マネー)とは切っても切れぬ縁がある。商人は金次第ともいわれる。金を儲けなければ商人の意味がない。たしかにその通りである。それでは商人は金に屈服した人間のことをいうのだろうか。私が思うには、商人と金とは切っても切れぬ縁があるから、彼には金を相対化しうるチャンスがある。ながいつきあいになる亡命トルクメン人の保守的な商人は私に、「金には名前はないよ」といった。また友人であるパシュトン人のトレーダーは、「信用は金に優る力」と力説した。どちらもビッグな商人ではない。しかしどちらのまなざしにも、切っても切れぬ縁である金に対するしらふな見方があった。そう、金は「無主」なのである。金の主になれると思うのが病気なのである。そういう病気の商人が圧倒的多数を占める社会は、普通と呼ばれる人まで拝金の病に取り憑かれている。「無主」であるマネーと切っても切れぬ縁がある商人は、再度自らの進む道を考えるときがきている。パオは金を不要にためない。これがかつての諸世代とぼくらの世代とのあいだにある、ひそかな約束のひとつでもある。
私には、どこかでいつかいた遊行上人とのひそかな約束がある。たとえ上人が、下人となろうと、商人となろうと、パオには果たすべき約束事があると思っている。(2008.06.15)

 

 
     
Copyright (C) PAO corporation. All rights reserved.